- 地域の持続可能性を高めるには -
帝京大学経済学部地域経済学科 准教授 五艘 みどり
立教大学社会学部観光学科卒業後、旅行会社に就職。シンクタンク、コンサルティングファームを経て、大学院にて研究を深めた後、ルーラル?ツーリズムを研究する。シンクタンク、コンサルティングファームにおいて、観光や地域活性のプロフェッショナルとして国内外のさまざまなケースにかかわる。2015年より帝京大学経済学部に勤務し2018年より准教授。特にイタリアにおけるルーラル?ツーリズムへの造詣が深く、地政学的な観点から文化的な理解にまで裾野は広い。現在、国内におけるルーラル?ツーリズムの価値創出に関してさまざまな提言を行っている。
ルーラル?ツーリズムという言葉を私が知ったのは、以前まちづくりのコンサルタントをしていた時のことです。当時、観光分野の仕事に従事しており、国内を対象にさまざまなプランニングを手掛けていました。すると、どこでも似た課題が出てきます。財源の問題、中央省庁との関係性、そして人材不足です。極めて類似しており、根本的な解決を図るには日本の外からノウハウを持ち込む必要があると考え、2015年からイタリアの観光について研究を始めました。特に注目したのは、イタリア北部にある南チロルです。地方自治が進んでおり、自分たちの財源を持った地域です。人材育成という面でも高い成果を出しており、特に女性たちが活躍しているという点でも知られていました。
「ルーラル」という言葉は、日本では「農林漁業地域」と訳すのが妥当です。ルーラル?ツーリズムといえば、農場や農村で休暇を過ごすアグリ?ツーリズムやグリーン?ツーリズムといった、近年使われている概念を包括しています。地域に蓄積された人、もの、環境、文化など総合的なリソースを活用し、そのエリアを活性化させることをテーマにしています。ヨーロッパでは特に盛んで、多様なノウハウが展開されていますが、そこには歴史的背景が関係しています。たとえば南チロルは、オーストリアとイタリアの係争地であり、どちらの国家にも統治された歴史をもっています。独立運動も活発に行われてきました。結果的に自治権を勝ち取り、自分達の地域を自分達で活性化していくべきだという強い使命感と自治意識をもつに至っています。だからこそ、ブランディングを含めた地域資源の活用や展開、強化ということに対して真剣であり貪欲です。ヨーロッパの複雑な歴史にはそうした地域がたくさんあることから、ルーラル?ツーリズム発展の土台となっているのです。
私は20年程前から、京都府にある和束町という地域にアドバイザーとしてかかわっています。京都市の南東に位置し、人口は3,500人程度。宇治茶の名産地ですが、2040年には限界集落化すると言われています。かかわった当時は4万人だった観光客も、現在20万人を超えるまでになりました。人口も産業も急激に衰退していく中で、自分たちの地域を何とかしなければならないという強い危機意識が根底にありました。特に日本では、中央省庁との関係を重視し補助助成に頼りがちなため、地域の独自性をベースにした活性化プログラムにフォーカスが当たりにくく、自立と持続可能性を両立させる発想につながりにくいことが課題です。やはり重要なのは地域の自意識です。ルーラル?ツーリズムの本質は、外から来る人たちの視点で言えば各地域のもつ特異性を体験することに価値があります。一方、内部の人たちの視点では、自らの文化や歴史、強みなどを理解しながら経済的な自立のためにツーリズムを活用し、地域の活性化につなげることが重要なのです。いわば、他者を利用して自らの強みを最大化していくという行為と言えます。和束町では、そのアクションを細かく蓄積できたことが成果につながりました。しかし、日本ではこうした成功事例が少ないのが実情です。
京都の和束町の取り組みが成果を上げている理由の一つに、地域の人材の質があげられます。もとよりこの地域では茶農家に力があり、年商が1億に達するところもあります。産地に力のある方がいらっしゃる点は極めて重要です。何かのプロジェクトを動かすときにも足並みを揃えることができるからです。たとえば、どの地域においても役所を退職し、周囲の評判も良い人がスモールビジネスで起業しながら地域を活性化させるなどは十分に可能です。人材がいれば、ルーラル?ツーリズムに精通した少数精鋭が入り込みノウハウを移しながら環境整備していくことが可能になり、プロジェクトの持続可能性が高まります。さらに、和束町は外部の人間に対して寛容であった点も忘れてはなりません。それには、外国人ボランティアのワークキャンプを農村の人が受け皿になってやってきたという歴史があります。これは20年前、とあるNGO団体が、和束町の茶畑で外国人ボランティアの活動をさせてほしいと打診してきたことが始まりです。当初はさまざまな課題があったようですが、活動の継続により外国人や外から来る若者などに対して寛容な土地となったのです。ルーラル?ルーリズムの土台はこうした蓄積で作られるのだという好例です。
現在私は、オーストリアとフランスに研究を拡大し、2024年にはアメリカの事例研究にも着手したいと考えています。国内においては、ルーラル?ツーリズムの地域の推進機構設立の支援も進めています。ルーラル?ツーリズムは、地域力改善プログラムといってもいいものです。順調にプロジェクトが進んでいる地域は、そこで暮らす意欲の高い方に対する研修を徹底しています。イタリアでは宿泊施設を農家がオープンさせるときは80時間?90時間の研修が必須となっており、内容は会計や税務にまでおよびます。京都の和束町でもさまざまなセミナーを行い、ちょっとした食品加工を手掛ける農家女性たちのスモールビジネスが根付きました。今はオンラインを活用することもできるので、自立と持続可能性を促していくプログラムを展開することはより実行しやすくなっている点も追い風です。
イタリアでは、アグリ?ツーリズモ法が1985年に施行されており、農業を守るためにツーリズムを活用するための内容であることが明記されています。具体的には農業による収入と観光による収入を比べて農業の収入を観光が上回ってはいけないことが規定されています。南チロルは独自の立法権を持っているためこれをアレンジし、上回ってはいけない点を収入ではなく、労働時間に読み替えるような形をとっています。自分たちの暮らしや歴史的な資産を守り発展させるために、観光客との共存共栄関係を作り上げているのです。日本で同じ環境をすぐに実現させることは難しいですが、独自の方法論での発展は十分に可能であると考えています。
先進国全体の問題の一つに、少子高齢化が挙げられます。特に地域の危機意識は例外なく高まってきました。また、世界の課題は多様性に飛んでいます。南米、インド、アフリカなどになれば植民地としての歴史があるところも少なくありません。自立を促していくにはより複合的なトレーニングも欠かせないでしょう。中でも農業を取り巻く環境は厳しさを増す一方です。原因の一端は地球温暖化にもあります。世界中で、これまでの農地で農作を続けることが難しくなりつつあります。しかし、農家はその土地を離れたくない。南チロルでも、イタリアに割譲される歴史の中で、大量の人が移住するケースがたくさんあったのですが、農業者だけは農地を捨てることはできないとして留まっています。地球時代の環境変動というマクロな危機に際して、地域は新しい課題と向き合う必要性が生じています。
地域には、法人がいて個人がいるだけでなく、地球環境から歴史まで、無数のファクトに彩られたSDGSの縮図があります。ルーラル?ツーリズムを通して考えるのは”観光”ではなく”地域”。そして、地域の力を高めることにこそ本質的な活動目的があります。だからこそ蓄積されていくノウハウは、そのまま世界中のあらゆる地域に応用が効くでしょう。各地域に多様な手法が開発されていくことは、さらなる別地域でも応用が効く解決策が誕生していくということに他なりません。日本は、これからが本格的なルーラル?ツーリズム発展の入り口だと考えています。我々が持つ可能性は、これからの世界におけるさまざまな地域の持続可能性を高める新しい価値をもたらしていくことでしょう。